1日契約は米国の選手などでは例があるが、日本人大リーガーでは初めて。松井氏は2010年にエンゼルスなどに移籍したが、数々の名場面をつくるとともにフェアプレーでファンから愛された。同氏の功績をたたえて、ヤンキースは異例の厚遇とした。
霧雨に曇るニューヨークでゴジラは引退した。まず、松井氏は試合前にヤンキースタジアム内で1日契約の契約書にサイン。その後、スーツ姿でカートに乗ってスタジアム内でファンの声援に応えたあと、ホームベース上に設置された机の前に座り、ヤンキース選手として正式に引退する書類にサインした。
観客1万8000人には松井氏の首振り人形が配られ、スタンドからは背番号55のユニホームを着たファンが熱狂的な声援を送った。中堅の電光スクリーンには松井氏が2003年の本拠地初戦で放った満塁本塁打の場面や、ワールドシリーズでの活躍を振り返るVTRが流された。
記念品として、松井氏のヤンキース時代のユニホームが額に入れられて贈られ、この日、故障から復帰して先発出場したデレク・ジーター内野手がプレゼンターを務めた。今季限りで引退を表明している抑え投手のマリアノ・リベラ、エースとなった黒田博樹投手らも歩み寄ってねぎらいの言葉をかけると、まばゆいばかりのフラッシュが光った。
セレモニーに招待された両親と兄の見守る中、松井氏は胸に帽子を当てて米国歌を静かに聴いた。5月に東京ドームで行われた国民栄誉賞授賞式ではあわや暴投の始球式だったが、この日は落ち着いて低めの速球を決めた。
松井氏はこの日行われた記者会見で、「ヤンキースの選手として正式に引退することが出来て本当に光栄だ。ヤンキースはずっとあこがれだった。7年在籍したが、本当に幸せな日々だった」と振り返った。
各選手やジラルディ監督が次々と笑顔で握手を求める中、この日のレイズ戦に「6番・右翼」で先発したイチロー外野手は、存在感を消すように控えめな祝福。遠巻きに松井の姿を見守った。
松井氏はヤンキースでの日本人選手の活躍について、「黒田は素晴らしい投球を続けている。イチローさんには『きょうは同じチームですね』と声をかけた。イチローさんは1年先輩で、高校のときから対戦している。常にイチローさんのあとを追いかけている気がする」と語り、自らの引退セレモニーにもかかわらず、先輩のイチローを立てる場面もあった。
親友のジーターは松井氏について、「何度も言っているが、松井は最高のチームメートだった。彼を尊敬している。ヤンキースの選手としてふさわしい」と改めて敬意を表した。ハル・スタインブレナー・オーナーも「松井はずっとヤンキースの一員でありつづける」と最大の賛辞を贈った。
「きょうは生涯忘れられない日になるだろう。これからも野球人であることから外に出ることはないと思う」。現在、松井氏はニューヨークで今年3月に生まれたばかりの長男の育児をするなどのんびりと過ごしているが、その視線の先は次のステージを見据えているようだった。
特別な日に旧友たちが花添える サヨナラ勝ちのヤンキース 松井氏引退式
松井氏の引退式で始まった試合を、サヨナラ勝ちで締めくくったヤンキース。旧友たちが特別な日に勝利で花を添えた。
試合は、この日戦列復帰したヤ軍のキャプテン、ジーターが第1打席で初球を右中間席へ運ぶ1号ソロで先制。同い年の2人は7年間ともにプレーし、「チームメートの中でもお気に入りの選手の一人」(ジーター)、「最も尊敬できる選手」(松井氏)と互いを認め合ってきた。
試合前には「今日プレーするんだろ」と冗談を飛ばした主将にとっても、この日が故障からの復帰戦という特別な一戦。今季初本塁打という最高の結果を示した。
松井氏から「今日はチームメートですね」と声をかけられたイチローは、今季初の4安打で日米通算4千安打まで残り16本に。存在感を見せつけた今季初の1試合4安打。左腕3投手の150キロ台の速球を鮮やかなラインドライブで外野へ運んだ。しかし、試合後のイチローは自分が前に出ることを遠慮した。笑みを浮かべながら「いやいや、僕はいいですよ。今日はジーターさんと松井さんの日でいいんじゃないですか」と言った。スタンドを埋めたファンを目の当たりにし、「これだけの人が集まったのはすごい」と松井氏の人気に感嘆しながら、自身への大声援にもきっちり応えた。
サヨナラ打を放ったソリアーノ、勝利投手となった守護神のリベラもまた、ともに名門チームで戦った元同僚。
“球友”たちの活躍を見守った松井氏にも、頼もしく映ったに違いない。