AT&Tは3月20日、独Deutsche Telekom AG傘下の米T-Mobile USA買収で合意したと発表した。買収総額は約390億ドル。 米国携帯業界においてAT&Tは第1位、T-Mobileは第4位の大手グループにあたり、ともにGSM/UMTS系列に属する。AT&Tは第2位のVerizon Wirelessと契約者数で1億件弱とほぼ拮抗しているが、今回の買収が認可されればAT&Tは1億3000万件とライバルを抜いて頭1つ抜き出る形となる。
AT&Tは元々1877年、19世紀における米国の二大発明家であるグラハム・ベルが興したベル電話会社が前身であり、1885年に世界初の長距離電話会社として発足した。 1970年代に始まる反独占訴訟の結果、AT&Tは規制された独占の状態として解体されることになる。1984年1月1日をもって、地域電話部門は地域ベル電話会社8社に分離された。 その後、AT&Tは長距離通信会社となったが、この"ベビーベル"として知られる分割後の旧AT&T子会社らが合併を繰り返し、地域系通信会社のSBC Communicationが長距離通信会社のAT&Tを合併して「AT&T」と屋号を改めたことに起因する。買収と合併を繰り返し地域系通信会社、長距離通信会社、携帯電話通信会社の3つの業態を持つ全米最大の通信会社に成長した。 携帯電話会社としてのAT&Tは、SBCとBellsouthの子会社だった「Cingular Wireless」が、旧AT&Tの携帯子会社AT&T Wirelessを買収したことに端を発し、さらにAT&Tに屋号変更後のSBCがBellsouthを吸収合併したことで両社のジョイントベンチャーだったCingularを完全子会社化し、こちらもブランド名を「AT&T」へと変更したことに由来する。一方のT-Mobileの米国でのビジネスは、2001年にPowertelから携帯電話事業を買収し、2002年9月にブランド名をT-Mobileへと変更したことに由来する。 AT&TがT-Mobile USAは、それぞれがGSM系キャリア同士の合併ということで技術的バリアも少なく、LTEなど4G世代への取り組みで出遅れていたT-Mobileのユーザーにとっては、AT&Tが年内を目標に進めつつあるLTEネットワークの相乗りが可能になるというメリットがある。 一方でAT&Tに顧客が集中して圧倒的シェアを獲得することで、競争が阻害されるという意見もある。買収合併の激しい米国携帯電話業界だが、近年では大手への収れんが進みつつあり、AT&TとVerizon Wirelessの2大キャリアを筆頭に、それを3位のSprint Nextelが追いかけるという構図になっている。 Sprint幹部らは今回の買収で事実上2社に収れんしつつある米携帯電話業界に危機感を抱いているといい、米連邦通信委員会(FCC)が合併承認の審査を進めるのに合わせ、買収阻止など何らかのアクションを起こす可能性がある。Sprint自身は過去数週間にわたってT-Mobile買収に向けてDeutsche Telekomと協議を進めていたことが漏れ伝えられており、今回AT&Tに買収契約を奪われた形になる。 携帯電話普及率で約9割と飽和状態が近付く米国において、さらに第4世代への設備投資と顧客獲得のための低価格競争が通信キャリアの体力を蝕みつつあり、T-Mobileへの継続投資が難しく、重石になっていると判断したDeutsche Telekomが売却を模索していたことが背景にあるとみられる。 今回の買収は、顧客ベースの拡大という理由以外に、AT&TがT-Mobile買収に踏み切った理由として説明するのは周波数帯域の問題がある。 同社によれば、過去4年間だけで8000%の通信トラフィック増加があり、新技術導入による周波数帯域の効率利用だけでは対処できないとの認識を示している。今回の合併は、こうした周波数帯域逼迫の問題を解決する手段の1つと考えられ、またFCCや関連機関に買収承認を説得するための材料として用いられることになる。 このほか、3Gの使用帯域でT-Mobileの1.9GHz帯に対し、AT&Tでは1.7GHz帯を使用するなどの違いがあり、このあたりを端末でどのように吸収し、さらにT-Mobileユーザーに対してどのようにLTEへのアップグレードパスを提供していくのかという点も課題となる。AT&Tによれば、今後1年以内の買収完了を目指すとしているが、まだいろいろ問題は残っていそうだ。