"マックスウェルの悪魔"は、19世紀の物理学者ジェームズ・マックスウェルが1867年に考えた創造上の生き物で、分子の動きを見分けることができ、例えば温度差のないところからエネルギーを使わず温度差を作り出し仕事をさせることができるとされ、熱力学に根本的な疑問を投げかけた。それから約150年を経て、この疑問は解決されたが、情報とエネルギーの関係を考える多くの研究につながった。
中央大学と東京大学の研究チームは、微細加工技術とサブミクロンスケールのリアルタイム制御システムを組み合わせることで、「マックスウェルの悪魔」と呼ばれる概念を実験で実現し、情報をエネルギーに変換することに成功。情報を媒介して駆動する新規ナノデバイスの実現の可能性を示した。 車のエンジンは燃料を燃やして温度差を作り、これによりピストンを動かして動作する。しかし、温度差がなければピストンは動かず、エネルギーを取り出すことはできない。これは熱力学第2法則(エントロピー増大則)として知られ、科学における最も基本的な法則の1つとなっている。 しかし、1867年、物理学者のジェームズ・クラーク・マックスウェルは、仮想的な悪魔("マックスウェルの悪魔")を考え、この法則に疑問を突き付けた。
この悪魔は、分子の動きを観察し、それに応じてシステムを制御する。すると、温度差がないところからエネルギーを取り出せ、熱力学第2法則を破ることができるように見えてしまう。これは、科学史上の重大なパラドックスとして知られ、熱力学第2法則に根本的な疑問を突き付けることとなった。
それから約150年が経ち、マックスウェルの悪魔はパラドックスではなく、悪魔が情報を処理するのに必要なエネルギーを含めれば、熱力学第2法則が破れないことが判明した。ただし、その理解の過程で、測定で得た情報に基づいて制御を行うこと(フィードバック制御)により情報をエネルギーに変換できるという概念が生まれた。だが、科学的に重要なものであるにも関わらず、この情報-エネルギー変換は未だに実現できていないのが実情であった。
研究チームは、新規に開発した実験系を用い、このようならせん階段状ポテンシャルを回転ブラウン粒子に加え、リアルタイム制御システムを構築、実際に粒子を勾配に逆らって登らせることに成功した。さらに、測定で得た情報量と粒子が得たエネルギーを精密に測定することにより、情報をエネルギーに変換できることを示した。この際の変換効率は約30%であり、このような情報エネルギー変換が新規の理論によって支配されていることを示した。 実際の実験では、マイクロメートルサイズのプラスチック粒子を粒子の1点でガラス上に付着させる。すると、粒子は固定した点の周りで自由に回転する回転ブラウン運動を示した。この粒子に、外から高周波の交流電圧を加えることで、らせん階段状のポテンシャルを実現した。さらに、粒子の角度を測定し、得られた情報に応じてポテンシャルをスイッチさせるリアルタイム制御系を構築した。
また、同論文発表者である東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の上田正仁教授、同大学大学院理学系研究科物理学専攻の沙川貴大氏らによって新しく導かれた等式が成り立つことも示された。これは、フィードバック操作とエネルギーを結びつける重要な式であり、情報をエネルギーに変換する「情報熱エンジン」が満たすべき根本的な原理となる。
同研究では、「マクロな悪魔」(コンピューターや測定装置など)が「ミクロな粒子」を制御して情報をエネルギーに変換することに成功した。今後の課題としては、情報を自ら処理するような「ミクロな悪魔」、すなわち、自律的に動くナノデバイスを作ることが挙げられる。これは、現在の微細加工技術を応用すれば、近い将来に実現できると研究チームでは期待しているほか、制御方式を改善することで、今回の研究によって得られた30%の変換効率をさらに高めることが可能だとの見方を示している。
なお、"マックスウェルの悪魔"は熱力学の根本に関わる概念であり、これを実現できた学問的意義は高い。科学者以外にもよく知られた話題であり、多くの人が科学に興味を持つきっかけになると期待できるほか、情報を媒介して駆動する新規のナノデバイスを実現できる可能性があり、ナノサイエンスへの波及効果が期待できると研究チームでは、その波及効果についても大きいものと期待を示している。