米国には日本のセミとは全く違う「周期ゼミ」もしくは「素数ゼミ」と呼ばれる種類のセミたちが生息している。今年は、イリノイ州シカゴなど、北米中部がその中でも17年周期のセミたちの発生年にあたり、ちょうどこの6月がそのピークなんだとか。
なんでも、予想される発生総数は70億匹だそうで、3年前の2004年にニューヨークなどで大発生したときは60億匹だったというから、それを上回るものすごい数のセミたちが米中部で一斉に鳴き声を響かせているらしい。 このセミ(実際には3種のセミの総称なのだが)の特徴は、なんといっても、正確な体内時計によって、ある集団に属するすべての個体が、一斉に13年もしくは17年おきに羽化するということ。したがって、それぞれの集団の生息地域ごとに、13年もしくは17年に一度ずつしか、セミが発生しないようになっている。つまり、2004年に大発生したニューヨーク市では、2021年まで素数ゼミたちは姿を見せないということだ。 毎年、夏になるとアブラゼミやミンミンゼミ、ツクツクホウシなど何種類ものセミたちの声が聞こえてくる日本と、ずいぶんと趣の違う話である。 これら素数ゼミが、日本のセミと違うポイントは以下の3点だ。 1. 成虫になるまで10年以上の長期間を要する。 2. 常に同じ場所で一度に大発生する。 3. 成虫になるまでの期間が、きっかり13年の種と17年の種のみがいる。 数理生態学を専攻する静岡大の吉岡仁教授の著書>、『素数ゼミの謎』(文藝春秋)によれば、これらの特徴は、素数ゼミたちが、北米を真っ白な氷が覆いつくした氷河期を生き延びるための鍵だったのだという。 つまり、1)は、氷河期の影響で幼虫たちの食料供給源である木の根に栄養が行き届きにくくなったため、成長までに時間がかかるようになった名残り。 2)は、1)によって成長する時間がかかるようになってしまったため、できるだけそろって同じ場所に生まれるようにしないと、交尾相手が見つけにくくなり、時間を合わせて同じ場所で羽化する種だけが残った。そして、3)は、13年もしくは17年という周期で発生する種だけが、違う周期で発生する他のセミとの競合や交雑を免れて生き残っていった、というのである。
では、なぜ、13年もしくは17年周期なら、他の種と出会いにくいのか。その鍵は、13と17という数が「素数」であるというところにある。
ということで、まず「素数」って何かということを、読者の皆さんには中学生に戻って思い出していただきたい。「素数」というのは、いわゆる「割り切れない整数」のこと(ただし、1およびその数自身で割ることは、もちろんできる)。20までの素数は、2、3、5、7、11、13、17、19となる。
割り切れないというのはどういうことか。結論を一言でいうと、他の数の周期のセミと素数ゼミとは、なかなか発生の周期が重ならないのである。たとえば、発生周期が15年、16年、17年、18年の4種類の周期ゼミがいたとして、その発生年が重なるのは何年おきか計算してみると、次のようになる。
* 15年ゼミと16年ゼミ:240年周期 * 15年ゼミと17年ゼミ:255年周期 * 15年ゼミと18年ゼミ: 90年周期 * 16年ゼミと17年ゼミ:272年周期 * 16年ゼミと18年ゼミ:144年周期 * 17年ゼミと18年ゼミ:306年周期
つまり、圧倒的に17年ゼミだけは、他の周期ゼミに邪魔されることなく繁殖できるようになっているのである。吉村説によれば、この効果によって、他の周期ゼミは淘汰され、13年ゼミと17年ゼミだけが生き延びたのだというのだ。まさに、進化の妙を思わせるではないか。(ちなみに、素数であればいいのなら11年周期や19年周期のセミはなぜいないのだろうか? 吉村説によれば、11年では成長するのに時間が足りず、19年では逆に時間がかかりすぎてしまったのだろうとのこと)
ところで、『素数ゼミの謎』にも書かれているし、ネット上でもいくつか記事を見かけたのだが、この素数ゼミ、北米では低脂肪・高タンパクの健康食として、そして、たまにしかお目にかかれない珍品として、食用に供されているらしいのだ。いや、日本でもイナゴの佃煮とかって昔見たことはあるけど、でもねえ……。この時期、北米中部に旅行される機会のある人は、試してみればいいかも。
ちなみに、幸か不幸か、筆者が現在住んでいる北米西海岸部には、セミは全然生息していないのであった(笑)。 素数ゼミの謎