エジプト文化省は26日、古代エジプト第18王朝期のハトシェプスト女王のミイラを特定、27日に記者会見を行うと発表した。ロイター通信によると、ドキュメンタリー専門のテレビ「ディスカバリー・チャンネル」は「ツタンカーメン王以来の発見」としている。
エジプトのホスニ文化相は27日、カイロ市内で記者会見し、南部ルクソールの「王家の谷」で1903年に発見された女性のミイラは、古代エジプト第18王朝期のハトシェプスト女王(在位紀元前1503年ごろ〜同1482年ごろ)だったと発表した。 ハトシェプスト女王は「ファラオ」という称号を持った古代エジプトの王の中で数少ない女性で、同女王(在位紀元前1503年ごろ―同1482年ごろ)は交易に力を注いだことで知られる。女性ファラオ(王)として先例のない権力をふるい、プント(現在のソマリア付近)やビブロス(同レバノン)、シナイ半島(同エジプト)との交易にも力を注いだ。 ミイラは、ツタンカーメン王の墓を発見したことでも知られる英考古学者ハワード・カーター氏らが、104年前発見に王家の谷で発見した女性のミイラ2体のうちの1体。専門家は、1903年にエジプト南部ルクソールの「王家の谷」で発見されたミイラ二体のうち一体が、歯や身体の一部など新たな証拠によって同女王と特定されたとしている。 ハトシェプスト女王と確認されたミイラは1903年にエジプト南部ルクソールの「王家の谷」で発見されたミイラ2体のうちの一つ。1922年にツタンカーメン王のミイラを発見した英国人考古学者、ハワード・カーター氏が発見したが、墓自体が小規模で粗末な造りだったために当時は重要なミイラとはみなされなかった。 ミイラや所蔵品をCTスキャンで調べたところ、1881年に別の墓で発見された箱にハトシェプスト女王の名が刻まれていることが判明。箱から防腐処理した肝臓などとともに見つかった1本の臼歯と、03年に発見されたミイラの歯茎の穴が一致した。ハワス局長は「DNA鑑定でも一致している」と説明した。 同女王は第18王朝第5代で、「ファラオ」の称号を持つ古代エジプトの数少ない女性として知られる。トトメス2世と結婚し王妃となった。2世の死後、トトメス3世の摂政として実権を握り、後に自ら女王に即位した。 第18王朝は、自ら建立したといわれる、カイロの南670キロのナイル河畔に位置する古都ルクソールの「ハトシェプスト女王葬祭殿」では、1997年11月にイスラム過激派による銃撃事件が発生し、日本人10人を含む60人以上が死亡した。