糖尿病などで足が壊死(えし)する「難治性潰瘍(かいよう)」で切断しか治療法のない患者に、岡山大の三井秀也講師(心臓血管外科)が「マゴット(ハエ幼虫)セラピー」という治療法を行ったところ、9割の患者が足を切断せずにすむなど高い効果が認められている。 日本では壊死による足切断は3000例を超えるとされる。三井講師は秋にも医師主導臨床試験に取り組む予定。英国では保険医療が認められ、年間数百人が治療を受けている。
壊疽の患部に無菌ウジ療法 副作用なく、切断を回避 岡山大付属病院(岡山市)の三井秀也・助手(心臓血管外科)が、糖尿病による閉塞(へいそく)性動脈硬化症で足が壊疽(えそ)になった患者の足を切断せず、無菌ウジ療法で治すことに国内で初めて成功した。この治療法は麻酔を使わず、副作用もみられないため、床擦れなどの治療にも応用できるとみられる。 無菌ウジ療法(MDT)は、糖尿病が進行した患者にみられる閉塞性動脈硬化症によって発生した潰瘍(かいよう)に、無菌ウジを置き、壊死(えし)した潰瘍をウジに食べさせて患部を洗浄、肉芽組織の増勢を促す治療法だ。オーストラリアやアメリカの先住民の間では大昔から知られていた。近代以降は、戦場で負傷した兵士の傷にウジがわいた方が早く治り、命も助かることが分かっていた。 マゴットセラピーは、壊死した皮膚にハエの幼虫をガーゼとともに固定して行う。幼虫が腐敗した部分を食べ傷をきれいにするとともに、幼虫の唾液(だえき)に含まれる物質が微生物を殺す役目を果たし、傷の回復を早める。週に2回ほどガーゼを取り換え、2〜3週間で効果があらわれる。 ■クロバエの一種 欧米では20世紀前半、実際にウジを治療に使う病院があった。論文も100以上発表され、医学書にも載り、ある程度確立した治療法だった。その後、抗生物質が普及したため、ウジ治療は廃れていった。ところが、抗生物質が効かない耐性菌の出現に伴って再び脚光を浴び出した。1990年代、米国の医学者が糖尿病による壊疽(えそ)は、ウジ治療が従来の治療法よりも成績がいいと報告。英国では薬と同様にウジを処方できるなど、普及している。 三井助手が治療に使うウジは、クロバエの一種の幼虫。オーストラリアで無菌処理された卵を輸入し、卵からかえって4、5日目のウジ(長さ約2ミリ)。このウジを皮膚1平方センチ当たり6〜10匹ほど、潰瘍部分に置き、ウジが逃げないよう潰瘍の周りをガーゼで囲む。 マゴットセラピーはこれまで国内27カ所で約100例が行われ、このうち三井講師は66例を手がけた。患者はいずれも他の医療機関で「即足切断か足切断の可能性あり」と診断されたが、治療の結果、58例で傷が完治し、足切断せずにすんだという。 治療に使うのはヒロズキンバエの幼虫。当初はオーストラリアから輸入していたため完治まで約30万円かかったが、現在は自前で育てたものを使うため費用は12〜18万円ですむようになった。それでも保険適用される足の切断手術(1カ月の入院で自己負担約8万円)に比べると、患者の金銭的負担が大きい。 三井講師は「自分で歩くことができれば、糖尿病もコントロールしやすくなり、医療費削減につながる。全国どこの病院でも治療を受けられるようにして、1人でも多く足切断から救いたい」と話している。