欧州宇宙機関(ESA)の、役目を終えた無人月探査機「スマート1」が、日本時間3日に月の南半球に衝突する。衝撃で巻き上げられる表土は、一般的な天体望遠鏡や双眼鏡で地上から観測できる可能性もある。
日本のすばる望遠鏡(ハワイ)や米大陸、オーストラリアなどの天文台も観測する。ESAによると、衝突推定時間は日本時間で3日午後2時41分ごろだが、1周回分(約5時間)早い可能性もある。 直径約160キロのクレーター「優秀の湖」付近に、秒速2キロ前後で、ほぼ水平に突っ込む。付近の土壌や岩が舞い上がって高度20キロ程度に達すれば、太陽光に照らされ、望遠鏡か天体望遠鏡で見られるという。アジアでは昼間の時間帯で見られない。 同探査機は03年9月に打ち上げられ、05年から月面の鉱物組成の調査や氷の探索などをした。燃料が残り少なくなったため、月面に衝突させることになった。 スマート1は、イオンエンジンを搭載した「はやぶさ」の兄弟分とも言える存在 スマート1はESA初の月探査機であると同時に、将来のさらなる探査に向けてさまざまな技術を試すための装置でもあった。SMARTはSmall Missions for Advanced Research in Technology(先進的な技術研究のための小型ミッション群)の略である。使われた技術の中でも目玉だったのが、イオンエンジン。そう、あの「はやぶさ」も使った推進システムだ。 イオンエンジンは、イオン化した物質(スマート1、「はやぶさ」共にキセノンを使用)を、太陽電池から得た電力で電磁的に加速して噴射し、反作用で推進力を得るという仕組みだ。ロケットのように燃料を燃やす化学エンジンに比べて瞬間的な推力は微々たるものだが、長時間の稼働によって大きな加速を得ることができ、抜群に燃費が安いのが強みである。 2003年9月に打ち上げられたスマート1は、実に16か月もかけて月に到達した。この間、イオンエンジンを断続的に使ってようやく地球の重力を振り切ったのだ。当初、月を探査する期間は2005年1月から半年あまりの予定だった。しかし、残っていた推進剤を効率的に活用することで、1年ほど長く、月の写真を地球に送り続けてきた。 ところで、スマート1と「はやぶさ」が共にイオンエンジンを使っているだけであとは無関係かというと、そうではない。どちらも工学実験衛星としての側面を持っていたことを思い出してほしい。この工学実験が、1つのミッションに結実する予定なのである。 それは2013年に打ち上げが予定されている水星探査機「ベピ・コロンボ」だ。日本とESAがそれぞれ開発する2機の探査機が一体となり、大きな推力を要求される水星への旅にイオンエンジンで挑戦する。イオンエンジンを開発するのはESAだが、スマート1と「はやぶさ」両方の開発・運用経験が活かされるという。 片方は巨大な月に激突する目前で、片方は数百メートルの小惑星にタッチダウンを果たして地球への帰還に挑戦中だ。しかし、数年後に2つの探査機の「魂」は一体となって太陽系第1惑星へ向かう、と言っても過言ではないだろう。
スマート1はおよそ1年半にわたって月の画像を撮影し続けてきた。その目的は、月面における化学物質の存在を調査することだ。とりわけ、水の氷を探すことが最重要課題とされていた。また、地球に微惑星が衝突したことで月が形成されたとする「ジャイアント・インパクト説」の証拠を探すことも目的の1つだった。今後膨大なデータの解析から成果が生まれることが期待されるが、ひとまずミッションは終わりを迎える。スマート1の月面への衝突によって。