「健康飲料」の代名詞的存在の牛乳を「有害」とする説が書籍やネット上で取り上げられ、波紋を広げている。一方で「有益」とする考え方や説は、依然と多く栄養学などの世界で今も多数派をを占めているだ。今回の騒動の主な論点を整理してみると、ここにも環境問題が見え隠れする。
端緒となったのは、昨年出版されてベストセラーになった「病気にならない生き方」(サンマーク出版)だ。著者の新谷弘実氏は、米国在住の著名な胃腸内視鏡外科医。長年の臨床経験から導き出した食生活の改善法をまとめた本だが、このうち牛乳に関する記述が特に注目された。さらに今年、環境ホルモンの観点からの有害説も登場し、すそ野が広がった。 骨粗しょう症 牛乳に多く含まれるカルシウム。摂取源として牛乳は有益なのか。有益でないとする根拠の一つが、骨粗しょう症と牛乳との関係だ。 日本人が1年間に飲む牛乳は1人平均約35リットル。デンマークやオランダなどは優に100リットルを超える。チーズなど乳製品を含めると、その差は4倍前後にもなる。しかし、高齢者の大腿骨頚部(だいたいこつけいぶ)(太ももの付け根)の骨折率は北欧諸国の方が日本より高い。このため「牛乳は防止策にならない」との指摘がある。 これに対し、近畿大医学部の伊木雅之教授(公衆衛生学)は「平均的な骨の密度は北欧人の方が高く、体形の問題が大きい」とみる。同教授によると、背骨の骨折率は日本人の方が高いが、大腿骨では逆転する。「西欧人の大腿骨頸部の骨は斜めに長く伸びているため、お尻が大きくて体重が重い西欧人は転倒などで骨折しやすい。北欧人の牛乳摂取量が少なかったら、骨折はもっと増えるはずだ」と言う。 環境ホルモン 子牛の成長を促す牛乳には、硫酸エストロンなどの女性ホルモンが含まれている。佐藤章夫・山梨医科大名誉教授はこの視点から、今年6月の環境ホルモン学会で「硫酸エストロンはビスフェノールAなどの環境ホルモン(内分泌かく乱物質)よりも強い」との説を発表し、注目された。 同名誉教授は、雌ラットに発がん物質と同時に牛乳や水などを与えた実験結果から、牛乳に乳腺腫瘍(しゅよう)を促進させる作用があったとして「牛乳を大量に飲み続けると卵巣がんなどのリスクが高まる」との仮説を提起した。 これに対し、山口大農学部の中尾敏彦教授(獣医学)は「牛乳中のホルモンを摂取しても、女性の体内を流れているホルモンの量に比べれば微々たるもの」と影響に疑問を呈す。一方、新潟大医学部の中村和利助教授(公衆衛生学)は「牛乳とがんとの関係はまだ仮説の域を出ておらず、冷静な議論が必要だ」と話す。 子牛のための栄養 ネット上で取り上げられることが多い有害説の論拠の一つが「牛乳は子牛が飲むもの。人が他のほ乳動物の乳を飲むのは不自然」との考え方だ。 これについて岐阜大学応用生物科学部の金丸義敬教授(食品機能化学)は「野菜や肉、魚なども人間のために存在しているわけでなく、牛乳も数ある食材の一つ。必要な栄養素を牛乳から取ってもおかしくない」と話す。 飼育法の問題を指摘する声もある。いま、酪農家たちは大量の乳を出すスーパーカウ育成を目指しており、酪農学園大大学院の中野益男教授(環境生化学)は「飼育法が工業化され、牛の生理に合わなくなっている問題は確かにある」と言う。「ただ、だからといって牛乳自体が有害というわけではなく、牛乳と飼育法の問題は分けて考えるべきだ」と話す。