『マイクロシン』(Microcyn)というこの超酸化水は、見た目や味、においは水のようだが、イオンバランスが不均衡になっていることにより、細菌やウイルス、また死滅しにくい胞子も食いつぶしてしまうという。
アキュラス社では、マイクロシンは、塩素漂白剤と同等の消毒効果を持つが、人にも動植物にも無害だとしている。子どもがうっかり誤飲しても、歯磨きをやりすぎた程度の影響しかない。
アキュラス社によると、この溶液には、抗生物質やワクチンに耐性のある微生物(スーパーバグと総称される)や、鳥インフルエンザやエボラなどの異種間で伝染するウイルス、また炭疽菌のようなバイオテロの脅威を押さえ込む効果もあるかもしれないという。
マイクロシンは、米国ではまだ創傷治療への試験的利用の開始が認められたばかりだが、ヨーロッパやカナダ、メキシコではすでに、器具の消毒から傷口の洗浄まで、幅広い利用が認可されている。
また国際会議では、マイクロシンの治験を行なったメキシコやインドの医師たちが、また別の特徴について驚異的な体験談をいくつか報告している――重度の火傷や糖尿病性潰瘍の治癒を促進するというのだ。
アキュラス社の創設者であるホジ・アリミ社長によると、イオンが不足した状態のこの溶液は浸透性が高まっているため、単細胞生物では細胞壁が破られ、細胞質が外に漏れ出すのだという。一方、人や動植物といった多細胞生物は細胞どうしがしっかりと結合しているため、液体は各細胞を取り囲むことができず、したがって悪影響が及ぶことはない。
超酸化水そのものは目新しいものではない――アリミ社長によると、マイクロシンは、原子炉の冷却管の汚染除去を目的とした開発が始まりだという――が、通常は生成後、わずか数時間しか効果が持続しない。これが常に使えるようにするためには、病院や研究所は、10万ドル以上もする、きわめて高価な装置に投資しなければならない。
アキュラス社は、溶液を少なくとも1年間は保存できる新しい生成法を開発した。これにより、今後さまざまな応用が生まれる可能性が開かれた。
これまでの超酸化水の生成物と違い、マイクロシンはpH値が中性であるため、健康な組織に害を及ぼすことがない。糖尿病性潰瘍など難しい傷の治療試験で成果が得られているのは、このためだ。
アキュラス社の顧問で、メキシコシティの国立リハビリテーション研究所で細胞治療グループの責任者を務めるアンドレス・グティエレス博士によると、マイクロシンを使用しているメキシコの医師たちは、感染のために10年以上も快復しなかった火傷や潰瘍が、急速に治癒した症例を確認しているという。
「メキシコでは、早くからこの技術を導入し、規制当局も承認してきた」とグティエレス博士は述べる。「これを使用している医師は、糖尿病による独特の嫌な臭いが消えることも指摘している」。この臭いは細菌によるものだ。
インドのデリーにある『糖尿病フットケア・クリニック』のアマール・パル・シン・スリ博士は昨秋、ドイツでマイクロシンのことを知り、その後、試験的に使ってみた。もはや患部切断しか選択肢がないという患者で、壊死が進んだ重傷の患部にマイクロシンを使ってみたのだ。すると、スリ博士も驚いたことに、患部は急速に快復し、健康な皮膚組織の成長が確認できたという。
「他の患者もマイクロシンの治療に切り替えた。現在では50人以上をこれで治療しており、とてもよい結果を得ている」とスリ博士は話す。
インドの糖尿病患者は世界で最も多く、3700万人が罹病している。「毎年、わが国では非常に多くの糖尿病患者が足先や脚の下部を切断している」とスリ博士。個人的な悲しみは別にしても、「切断しなければ、切断と義足にかかる費用の4分の1ですむ」
慢性創傷の治療は、世界規模で見れば数十億ドル単位の市場だ。アリミ社長によると、6月には米国の医師もマイクロシンを使えるようになるという。現在、術前消毒、歯科治療、火傷や糖尿病治療への試験的使用が計画されているという。
アキュラス社では、新たな応用の開拓にも熱心に取り組んでいる。たとえば、バイオテロ対策製品や、スーパーバグを抑え込む使いやすい消毒剤や殺菌剤といった用途だ。
アリミ社長は、伝染病が発生したときに病棟の空気を消毒できる霧吹き状の製品を真剣に考えているという。また、この溶液は、病院の手洗い薬としても利用できるかもしれない――医療スタッフが、使いやすく非腐食性のこの消毒薬で頻繁に手を洗えるようになれば患者にも有益だ、とアリミ社長は述べた。