110000・・120000
羽田空港の到着ロビーは、閑散としていた。目につくのは、制服姿の警備員ばかり。
ジャック・バウアーは飛行機の離着陸を眺めながら、腕時計を確認した。
午前十一時。あと三時間で、あの空の向こうからアメリカ大統領がやって来る。
ジャックの携帯が鳴った。表示された番号は、本部を出る前に聞いていたものだった。
「ジャックだ」
「CTU日本支部のクワハラだ」
「状況は?」
「第二駐車場にヘリが待っている。それに乗ってくれ」
携帯を手にしたまま、走り出す。羽田空港の見取り図は頭にたたきこんであった。
迷うことはない。トランクを抱えた日本人の脇を抜け、エスカレーターを駆け上がった。その間も、クワハラとの会話は続いている。
「容疑者が一人浮かんだ。タケシ・キヨモト」
「そいつは、今どこにいる?」
「新宿の南エリア。君にはそこに向かってもらう」
アジアに拠点を置く犯罪組織が、日本で大規模なネットワーク攻撃を企んでいる。
ジャックの許にその情報が入ってきたのが今から二十四時間前だ。首謀者は、アメリカ大統領の滞在中を狙い、計画を実行しようとしているらしい。
計画阻止を命じられたジャックは、特別機で日本にやって来た。
いくつかの通路を抜け、ホールを横切ったところで、突然、携帯の通話が途切れた。
「おいクワハラ、どうした?」
応答はない。立ち止まったジャックの耳に、電気的に変換された声が響いてきた。
「ジャック・バウアー、日本へようこそ」
「おまえは誰だ?」
「これは、ちょっとした挨拶だ」
空港中の電気が消えた。
120000・・130000
ジャックを乗せたヘリは、一路、新宿南エリアを目指していた。
「停電は既に回復したらしい。エア・フォースワンの着陸は予定通り」
携帯を置きジャックは言った。向かいに座るのは、三人の日本人。ゴンドウ、タナカ、ウシジマである。皆、日本政府直轄の特殊部隊に所属しているらしい。必要以上の会話はせず、じっと目を閉じている。
まもなく、林立する高層ビル群が見えてきた。男たちが目を開く。ジャックは右 端に座るゴンドウに向かって言った。
「俺の銃はどうなっている?」
「悪いが、銃の携帯許可は出ていない」
「何だと? 丸腰のまま、踏みこめというのか?」
「俺たちの後をついてくれば、大丈夫さ」
「俺を荷物扱いする気か?」
「作戦前だ。仲良くいこうぜ」
タナカがジャックに向けて何かを放った。受け取ってみれば、カロリーメイトである。
「これから忙しくなる。飯どころじゃないぞ」
ジャックは苦笑して、カロリーメイトをポケットに入れた。
ヘリは高層ビル正面にある広場上空でホバリングを開始した。ゴンドウが扉を開け、降下用のロープを下ろす。猛烈な風で、息もできないほどだ。
「いくぞ」
三人に続き、ジャックも降下する。
屋外看板の前に座りこんでいた、男子高校生2人組があっけにとられ、こちらをみている。
走り出そうとしたところで、携帯が鳴った。CTU日本支部のクワハラからだ。
「そちらの様子は?」
「新宿についたところだ。こんな派手なことをして、大丈夫なのか?」
「映画の撮影ってことになっている」
ウシジマに肩を叩かれた。
「なにをしている、いくぞ」
周囲に人が集まり始めていた。スーツ姿の会社員、本を持った若い女たち。皆、映画の撮影だと信じこんでいるようだ。携帯を切ったジャックは、カロリーメイトの封を切り、口に放りこんだ。
ハラが減っては戦ができぬ。日本にはそんなことわざがあったな。
130000・・140000
新宿南エリアのはずれに建つアパート。取り壊しが決まっており、立ち入りは禁止されている。
ゴンドウを先頭に、階段を上がる。音もなく廊下を進み、二〇一号の前で止まった。
三人の日本人は目線をかわしながら、突入のタイミングをはかっている。ジャックは完全に蚊帳の外だ。
ゴンドウがドアを蹴破った。銃を構え、残りの二人が部屋に入る。
埃だらけのワンルーム。フローリングには、缶ビールとタバコの灰。
「逃げられたか」
ジャックは缶ビールに触れる。かすかに冷たい。
「出ていったのは、ほんの少し前だ」
携帯を取り、CTU日本支部のクワハラにかける。
「逃げられた。そちらでキャッチできるか」
CTU本部では、新宿南エリアの衛星画像を逐一、チェックしている。数分前にタケシが逃走したのなら、映っているはずだ。
「少し待ってくれ。今、三十分前からチェックしている」
ジャックは戸口で待機しているゴンドウに言った。
「ヘリに戻っていてくれ。俺は地上からヤツを追う」
三人は返事もせず、部屋を出ていった。
クワハラからの返事がくる。
「見つけた。新宿駅方面に向かっている」
「了解。ところで、大統領機は?」
「さっき羽田についた」
いったん通話を切り、ゴンドウの携帯にかける。
「容疑者を見つけた。空から追えるか?」
「今、離陸した。これから……」
高層ビル群の方角から轟音が響いてきた。振りむいたジャックのはるか前方で、ヘリが煙を吐きながら降下していく。
「ゴンドウ、どうした?」
「計器異常だ。不時着する」
林立するビルの向こうに、ヘリの姿は消えた。