米航空宇宙局(NASA)は16日、極超音速の無人ジェット実験機「X―43A」がマッハ9.6(音速の9.6倍、時速約1万600キロメートル)での飛行に成功したと発表した。同機が3月に記録したジェット機としての世界最高速度(マッハ7)を大きく塗りかえた。音速の10倍で飛ぶ将来の極超音速旅客機の実現に道を開いた。
試験飛行はカリフォルニア州沖合で実施。実験機は米爆撃機B52から空中で切り離された後、ロケットブースターで十分に加速してからスクラムジェットエンジンに点火し、音速の9.6倍で約10秒間飛行した。
X43Aは、B52爆撃機の右翼から小型ロケットの先端に取り付けられた状態で発射された後、約3万3000メートルの高度で分離、約10秒間の自力飛行で時速約1万1000キロに達した。
X43Aは、長さ約3・6メートルの細長いくさび型の機体下部に、極超音速用に開発されたスクラムジェットエンジンを搭載している。マッハ10で飛行すれば、東京―ニューヨーク間は1時間以内。仮に轟音が聞こえても、見上げた時には機体が飛び去って見えなくなるほどだ。
リスクの1つは、X-43Aの先端部分――ノーズや2枚の尾翼の前面――が過熱する可能性があることだ。2回目の試験飛行では、試験機が超音速で空気中を進む際、先端部分が摂氏およそ1400度になった。主任エンジニアのローリー・マーシャル氏によると、15日に予定されている試験飛行では、先端部分の温度が摂氏2000度近くまで上昇する可能性があるという。
プロジェクト・チームは加熱対策として、先端部分に特別な炭化物被膜処理を施し、ノーズの形状も変えたと、マーシャル氏は説明している。また同チームは2回目の試験飛行のデータにもとづいて、スクラムジェット・エンジンの細部を改良した。
スクラムジェット・エンジンは、徐々に狭くなるじょうごのような形状のチューブに空気中の酸素を取り込んで十分に圧縮し、液体水素燃料と混合する。混合物に点火すると、機体を前進させる推力が得られる。燃焼による排出物は、水素分子2個と酸素分子1個だけで構成される――つまり水だけが排出される。
このエンジン形状の有効性が初めて証明されたのは2002年、オーストラリアのクイーンズランド大学の『オーストラリアン・ハイショット』プロジェクト研究チームが、試験機を時速およそ8000キロメートルで数秒間飛行させたときだった。
より長距離の飛行に耐えられる安定したエンジンを設計できれば将来的に、航空宇宙産業や軍需産業がこのエンジンを使用して、より安価なロケットやより高速なミサイルの製造が実現可能かもしれないと、技術者たちは考えている。
しかし、このようなプロジェクトへのNASAの取り組みは限界がありそうだ。NASAは超音速エンジンのプログラムから撤退し、ブッシュ大統領の提唱する新しい宇宙探査構想(日本語版記事)に予算を振り向ける予定だ。この構想は、NASAが人類を月と火星に送り込む事業に専念するよう求めている。現時点で、来週行なわれるX-43Aの試験飛行が、2億3000万ドルをかけたこのプログラムの最終飛行となる。
「今回のミッションには複雑な思いがある。来週が非常に待ち遠しいと同時に、このプログラムの終了をとても悲しく思う」とX-43Aのプロジェクト責任者ジョエル・シッツ氏は語った。
X-43Aのこれまでの試験飛行と同様、15日の試験飛行は最初に、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地から『B-52』爆撃機を離陸させる。B-52が太平洋上で高度およそ1万2000メートルに達すると、X-43Aの搭載されたブースターロケットを切り離す。点火されたブースターロケット(写真)は高度およそ3万3500メートルまで上昇し、X-43Aを切り離す。すべてが計画通りに運んだ場合、この時点でX-43Aのスクラムジェット・エンジンが点火し、マッハ10で飛行することになる。
X-43Aは搭載された液体水素燃料を、わずか10〜11秒間で使い切ってしまう――しかし地上にいるプロジェクトの技術者たちにとって、X-43Aとエンジンがこのような超音速領域でどのように機能するかについてデータを集めるには十分な時間だ。その後、機体は計算どおり太平洋に落下する。NASAによると、機体を回収する計画はない。
通常のジェットエンジンはコンプレッサーで圧縮した空気に燃料を噴射し、点火する。だが音速の3倍以上では、前方からの気流を受け止めるだけで十分に空気を圧縮できるので、実験機のエンジンにもこの原理を利用した。燃焼室内の気流を超音速に保ち、燃焼室内の温度が上昇しすぎるのも防いだ。大型ジェット旅客機ボーイング747の最大速度はマッハ約0.9。現在は運航を中止した超音速旅客機コンコルドもマッハ2強だった。