iPod! は上下どっちから呼んでもiPod! なんですね。気がつきました?そんな遊びも隠されているこの世界的人気製品 iPod! の開発者は、アップルコンピュータ社がMP3プレーヤーの開発を依頼した http://portalplayer.com/ 米ポータルプレーヤー社の元上級マネージャーのベン・クナウス氏(33歳)なんです。iPod! はアップルが作ったんじゃなかった…ポータルプレーヤー社が開発したMP3プレーヤーが、後に『iPod』(アイポッド)として爆発的な人気を博することになったのです。 クナウス氏は、開発プロジェクトの打ち切りにつながりかねなかった技術的なミスなど、iPodの開発にまつわるエピソードと、iPodを極秘にするためにアップルがとった非常措置について、自らの体験をもとに語った。
アップル社とのパイプ役を務めたクナウス氏は、2001年にポータルプレーヤー社を辞めた。クナウス氏によれば、iPodはもともとトニー・ファデル氏のアイディアだったという。ファデル氏はフリーランスのハードウェア専門家で、米ジェネラルマジック社や蘭フィリップス社のハンドヘルド機器開発に携わったこともある。 「MP3プレーヤーと『ナップスター』のような有料音楽配信サービスを組み合わせて完全なものにし、これを核にして会社を設立するというのがファデル氏の構想だった。ビジネスのアイディアを持っていたのだ。」クナウス氏によれば、ファデル氏はフィリップス社を去り、自分のアイディアを売り込むために独立したという。ファデル氏は数社に売り込んだが、話に乗ってきたのはアップル社だけだった。 アップル社は2001年初めにファデル氏を雇い入れ、約30人の社員からなるチームのリーダーにした。クナウス氏によると、デザイナー、プログラマー、ハードウェア・エンジニアらで構成された「典型的な工業デザインの開発チーム」だったという。ファデル氏は現在、アップル社の上級ディレクター(iPodおよび特別プロジェクト・グループ担当)を務めている。 クナウス氏によると、ポータルプレーヤー社との初期の会合でファデル氏は、「このプロジェクトは、アップル社を造り変えることになる。10年後には、コンピューター事業ではなく、音楽事業になっているだろう」と述べたという。
「ファデル氏は事業プロセスのアイディアを持っていた。アップル社は、ファデル氏が数年前に思いついたアイディアに基づき、自社を変革しつつある」
「アップル社を惹きつけたのは、(ポータルプレーヤー社が)オペレーティング・システム(OS)を開発していたことだった。実際、それがセールスポイントだった。ポータルプレーヤー社はすでにハードウェアもソフトウェアも完成させており、一方、アップル社には時間の余裕がなかった」
「iPodに関して興味深いのは、最初からジョブズCEOが全力投球していた点だ。そういうプロジェクトはあまりない。ジョブズCEOはプロジェクトのあらゆる局面に深く関与していた」
「会議が繰り返され、ジョブズCEOは、好きな曲を聴くのに3回以上ボタン操作をしないといけないことにひどく気分を害していた。たびたびポータルプレーヤー社に注文がつけられた。『ジョブズCEOの考えでは、音量が十分でない、音質のシャープさが足りない、メニューの表示が遅い』といった具合だ。毎日、改善点についてジョブズCEOから一言あった」
「(デジタル著作権管理の問題)はいっさい話題に上らなかった。アップル社は、iTunesミュージックストアを展開する際にはデジタル著作権管理が売り上げに影響すると考えた。最初のiPodでは、とくにデジタル著作権管理を求めていなかった」
「どんな大きさのどういう製品が入っているかわからないように、開発されたボタンやスクリーンは箱のあちこちに置かれていた。スクロール・ホイールは横、スクリーンは上といったように、いつも調整ボタンは別々の場所に置かれていた――最終デザインを予測できないようにするためだ。わかるのはプラグの差し込み口だけだった」
「すでに生産ラインが組まれていた。緊迫した状況だった。3時間しか使えないMP3プレーヤーだと、8週間のあいだ思われていた」
「辞めたのはおそらく間違いだっただろうが、人はそれぞれの時点で自分の考えにしたがって行動するしかない」